ペア型レセプターを介した宿主病原体相互作用
概要
本研究室では、免疫細胞の発現する様々な機能制御分子の中でも、特に活性化と抑制化からなる様々なペア型レセプターに着目して解析しています。今までの研究により、免疫細胞の一つであるナチュラルキラー細胞が発現するペア型レセプターの一つがサイトメガロウイルス感染に対する免疫応答に非常に重要な役割を担っていることを明らかにしてきました(Arase et al. Science 2002; Arase et al. Rev. Med. Virol 2004)。また、同様のペア型レセプターの一つであるCD200レセプターがカポジサルコーマヘルペスウイルスによる免疫制御にも関与していることも明らかにしました(Shiratori et al. J. Immunol. 2005)。従って、ペア型レセプターはウイルス等の病原体とともに密接な関係を保ちながら進化してきた分子であると考えられます。
本研究について
ウイルスは我々人間等に様々な感染症を引き起こし、時として、宿主を殺してしまいます。一方、宿主は、ウイルス等に対する免疫システムを発達させることにより、ウイルス等の病原体による感染を防御することができます。しかし、ウイルスは宿主内で生き延びるために、免疫システムを回避する様々な手法を獲得してきました。代表的なものでは、腫瘍組織適合抗原(MHC)の阻害が知られています。免疫細胞の一つであるT細胞は、MHCに提示された異物を認識しますが、ウイルス感染細胞の場合は、宿主のMHCにウイルス分子の一部が提示され、それがT細胞に認識されます。特に、それがキラーT細胞に認識されると、ウイルス感染細胞は傷害され除去されてしまいます。そこで、ウイルスはMHCの機能を阻害したり、発現そのものを抑制したりします。このような能力は、特に、宿主に長い間感染し続けるウイルス、例えばHIVや様々なヘルペスウイルス等によく認められます。その結果、ウイルス感染細胞はT細胞に認識されなくなるため、宿主の免疫から逃れることができます。しかし、それでは宿主はウイルスに負けてしまいます。そこで免疫細胞のもう一つの認識機構が非自己の認識と言うシステムが重要な役割をします。
T細胞やB細胞は多種多様な抗原レセプターを発現し異物を直接認識するのに対し、自己の標識を持っていない細胞を異物と認識するのが非自己の認識システム(missing self recognition)です。我々の体にとって異物とはウイルスばかりでなく、様々な物質が異物として認識されます。そのような物質は当然MHCを持っておらず、T細胞に認識されることはありません。そこで、重要な機能を担っているのがMHC等の自己抗原を認識する抑制化レセプターであります。NK細胞やマクロファージは、元来非特異的に様々なものを認識する能力を持っていますが、自己に対する抑制化レセプターを発現しているために、自己組織に対して活性化し傷害することはありません。ところが、自己抗原を持っていない物質や細胞は、抑制化レセプターによって認識されないため、それらは異物として認識され、除去されます。つまり、上述したように、ウイルスはT細胞から逃れるために、MHCの発現を阻害しましたが、その結果、ウイルス感染細胞はNK細胞等には異物として認識される訳です。このように、T細胞やB細胞による抗原特異的な認識と、NK細胞等による非自己の認識が、感染防御に重要な機能を担っています。
ところが、ウイルスは様々な手法を用いて免疫から逃れます。MHCを阻害してもダメなら、次にしたことは、ニセのMHCを発現することでした。ウイルスは抑制化レセプターのリガンドとしてニセのMHC等を獲得し、ウイルス感染細胞をあたかも正常細胞のように見せかけることにより、非自己の認識から逃れる手法を獲得しました。そのような分子として私どもはサイトメガロウイルスのMHC様分子であるm157やいくつかのヘルペスウイルスに認められるCD200様分子を明らかにしました。このようなニセの分子は他にもいろいろあると思われますが、まだ明らかにされたのはごくわずかですので、さらに研究を進めている所です。
一方、これだけで終わらないのが、免疫学の面白い所です。非自己の認識を担う抑制化レセプターには、様々な分子が存在することがわかってきました。例えばNK細胞レセプターのKIR, Ly49, NKR-P1, NKG2/CD94ばかりでなく、PIR, SIRP, PILR, CD200, CD85, MAIR, DCIR等様々な抑制化レセプターが知られてきました。不思議なのは、これらの抑制化レセプターには全て、対応する活性化レセプターが存在します。それらは、アミノ酸レベルで90%以上の相同性を持つ一方、機能は全く相反するものです。さらに、抑制化レセプターはMHC等の自己抗原を認識するのに、活性化レセプターは自己抗原をほとんど認識せず、そのほとんどのレセプターの機能は明らかでありません。なぜ、この様な、何を認識するかもわからない活性化レセプターが存在しないとならないのでしょうか。私どもは、マウスのNK細胞レセプターLy49によるサイトメガロウイルス認識機構を解析することにより、感染感受性のマウスでは抑制化Ly49がサイトメガロウイルスのニセMHC分子であるm157を認識してしまうのに対し、感染抵抗性マウスでは活性化Ly49レセプターがm157を認識することを明らかにしました。つまり、サイトメガロウイルスは免疫から逃れるために、ニセMHCであるm157を獲得したのに対し、免疫システムは、活性化Ly49を獲得することにより感染抵抗性を獲得できたのではないかと言う新たな仮説を考えました。
このように考えると、なぜ、抑制化レセプターに対する活性化レセプターが存在するかの説明がつきます。実際、活性化レセプターの一つであるKIRの3ユUTの塩基配列を翻訳してみると、そこには抑制化レセプターの配列がきれいに残存していることがわかりました。このことから、活性化レセプターは、何らかの進化のために、抑制化レセプターから進化してきたものではないかと考えられます。進化に影響を与えるものは、基本的に生死に関わるような状況が考えられ、やはり、致死的な感染症が非常に重要な要素だと考えられます。おそらく、我々動物が現在の姿に進化するまでは、非常に多くの感染症と戦い、その度に、様々な免疫機構を獲得してきたと思われます。そのうちの一つが、抑制化と活性化レセプターから成るペア型レセプターだと考えております。しかし、未だにほとんどのペア型レセプターの機能は解明されていないのがほとんどであります。そこで、これらのレセプターがどのようなウイルス等の病原体を認識するのか、そして、本当に私どもの仮説のように進化してきたものなのかを明らかにしていきたいと考えております。
このような解析は、免疫やウイルスがどのように進化してきたかを明らかにする上で大変興味深いものであるばかりでなく、どのようにしたら様々な免疫逃避機構を獲得してきたウイルスに対処することができるか、また、新たな弱毒ワクチンウイルスの開発にも貢献できるのではないかと考えております。
ペア型レセプターを介した宿主病原体相互作用
概要
本研究室では、免疫細胞の発現する様々な機能制御分子の中でも、特に活性化と抑制化からなる様々なペア型レセプターに着目して解析しています。今までの研究により、免疫細胞の一つであるナチュラルキラー細胞が発現するペア型レセプターの一つがサイトメガロウイルス感染に対する免疫応答に非常に重要な役割を担っていることを明らかにしてきました(Arase et al. Science 2002; Arase et al. Rev. Med. Virol 2004)。また、同様のペア型レセプターの一つであるCD200レセプターがカポジサルコーマヘルペスウイルスによる免疫制御にも関与していることも明らかにしました(Shiratori et al. J. Immunol. 2005)。従って、ペア型レセプターはウイルス等の病原体とともに密接な関係を保ちながら進化してきた分子であると考えられます。
本研究について
ウイルスは我々人間等に様々な感染症を引き起こし、時として、宿主を殺してしまいます。一方、宿主は、ウイルス等に対する免疫システムを発達させることにより、ウイルス等の病原体による感染を防御することができます。しかし、ウイルスは宿主内で生き延びるために、免疫システムを回避する様々な手法を獲得してきました。代表的なものでは、腫瘍組織適合抗原(MHC)の阻害が知られています。免疫細胞の一つであるT細胞は、MHCに提示された異物を認識しますが、ウイルス感染細胞の場合は、宿主のMHCにウイルス分子の一部が提示され、それがT細胞に認識されます。特に、それがキラーT細胞に認識されると、ウイルス感染細胞は傷害され除去されてしまいます。そこで、ウイルスはMHCの機能を阻害したり、発現そのものを抑制したりします。このような能力は、特に、宿主に長い間感染し続けるウイルス、例えばHIVや様々なヘルペスウイルス等によく認められます。その結果、ウイルス感染細胞はT細胞に認識されなくなるため、宿主の免疫から逃れることができます。しかし、それでは宿主はウイルスに負けてしまいます。そこで免疫細胞のもう一つの認識機構が非自己の認識と言うシステムが重要な役割をします。
T細胞やB細胞は多種多様な抗原レセプターを発現し異物を直接認識するのに対し、自己の標識を持っていない細胞を異物と認識するのが非自己の認識システム(missing self recognition)です。我々の体にとって異物とはウイルスばかりでなく、様々な物質が異物として認識されます。そのような物質は当然MHCを持っておらず、T細胞に認識されることはありません。そこで、重要な機能を担っているのがMHC等の自己抗原を認識する抑制化レセプターであります。NK細胞やマクロファージは、元来非特異的に様々なものを認識する能力を持っていますが、自己に対する抑制化レセプターを発現しているために、自己組織に対して活性化し傷害することはありません。ところが、自己抗原を持っていない物質や細胞は、抑制化レセプターによって認識されないため、それらは異物として認識され、除去されます。つまり、上述したように、ウイルスはT細胞から逃れるために、MHCの発現を阻害しましたが、その結果、ウイルス感染細胞はNK細胞等には異物として認識される訳です。このように、T細胞やB細胞による抗原特異的な認識と、NK細胞等による非自己の認識が、感染防御に重要な機能を担っています。
ところが、ウイルスは様々な手法を用いて免疫から逃れます。MHCを阻害してもダメなら、次にしたことは、ニセのMHCを発現することでした。ウイルスは抑制化レセプターのリガンドとしてニセのMHC等を獲得し、ウイルス感染細胞をあたかも正常細胞のように見せかけることにより、非自己の認識から逃れる手法を獲得しました。そのような分子として私どもはサイトメガロウイルスのMHC様分子であるm157やいくつかのヘルペスウイルスに認められるCD200様分子を明らかにしました。このようなニセの分子は他にもいろいろあると思われますが、まだ明らかにされたのはごくわずかですので、さらに研究を進めている所です。
一方、これだけで終わらないのが、免疫学の面白い所です。非自己の認識を担う抑制化レセプターには、様々な分子が存在することがわかってきました。例えばNK細胞レセプターのKIR, Ly49, NKR-P1, NKG2/CD94ばかりでなく、PIR, SIRP, PILR, CD200, CD85, MAIR, DCIR等様々な抑制化レセプターが知られてきました。不思議なのは、これらの抑制化レセプターには全て、対応する活性化レセプターが存在します。それらは、アミノ酸レベルで90%以上の相同性を持つ一方、機能は全く相反するものです。さらに、抑制化レセプターはMHC等の自己抗原を認識するのに、活性化レセプターは自己抗原をほとんど認識せず、そのほとんどのレセプターの機能は明らかでありません。なぜ、この様な、何を認識するかもわからない活性化レセプターが存在しないとならないのでしょうか。私どもは、マウスのNK細胞レセプターLy49によるサイトメガロウイルス認識機構を解析することにより、感染感受性のマウスでは抑制化Ly49がサイトメガロウイルスのニセMHC分子であるm157を認識してしまうのに対し、感染抵抗性マウスでは活性化Ly49レセプターがm157を認識することを明らかにしました。つまり、サイトメガロウイルスは免疫から逃れるために、ニセMHCであるm157を獲得したのに対し、免疫システムは、活性化Ly49を獲得することにより感染抵抗性を獲得できたのではないかと言う新たな仮説を考えました。
このように考えると、なぜ、抑制化レセプターに対する活性化レセプターが存在するかの説明がつきます。実際、活性化レセプターの一つであるKIRの3ユUTの塩基配列を翻訳してみると、そこには抑制化レセプターの配列がきれいに残存していることがわかりました。このことから、活性化レセプターは、何らかの進化のために、抑制化レセプターから進化してきたものではないかと考えられます。進化に影響を与えるものは、基本的に生死に関わるような状況が考えられ、やはり、致死的な感染症が非常に重要な要素だと考えられます。おそらく、我々動物が現在の姿に進化するまでは、非常に多くの感染症と戦い、その度に、様々な免疫機構を獲得してきたと思われます。そのうちの一つが、抑制化と活性化レセプターから成るペア型レセプターだと考えております。しかし、未だにほとんどのペア型レセプターの機能は解明されていないのがほとんどであります。そこで、これらのレセプターがどのようなウイルス等の病原体を認識するのか、そして、本当に私どもの仮説のように進化してきたものなのかを明らかにしていきたいと考えております。
このような解析は、免疫やウイルスがどのように進化してきたかを明らかにする上で大変興味深いものであるばかりでなく、どのようにしたら様々な免疫逃避機構を獲得してきたウイルスに対処することができるか、また、新たな弱毒ワクチンウイルスの開発にも貢献できるのではないかと考えております。